こんにちは、テツです(゚∀゚)
前回のお話、過去の麻雀話の続き~
同僚で一番の成績を残していた純平君は現役のプロ雀士だった。
攻守のバランスが非常に高いと、みなが評価していた
しかし、僕が彼の後ろ見をした時は
異様な程に降りの連続と勝負手の高い和了率
とにかく放銃が少なく、そして押すと決めた時の迫力は有無を言わさなかった。
だから、彼が強く前に出る時は同卓者はそれ相応のリスクを負う為
いつも降りている人間が他人を降ろす姿はとても異質に感じたが
大きなレベルの差を感じずにいられなかった。
例えば、1フーロで必ずテンパイに取る
打点は必ず3900以上でしか仕掛けなかった為、彼がフーロすると卓の空気が変わるように感じた。
自分は点棒を叩いても吐き出すから怖くない。
こいつならいつでも捲れると思われているのだなと感じた。
それもそのはず、純平の平均着順は2.15を切っており、僕は2.5がその当時限界だった。
降りていて展開トップが多いだけだ、そんな風に言っていたが、勝負所での粘りや押し引きの判断が鋭く
降りているように見えてもしっかり手を組んでいるので、テンパイしたタイミングはもちろん
待ちもいつも分からず、打っていると楽しく感じたが、あまりにも強くて手も足も出ない印象の方が強い。
でも、こんな打ち手になりたい!!とも思えなかった。楽しんで麻雀をやっているようには見えなかった。
強くなる事と引き換えに楽しくなくなるなら強くならなくてもいいんじゃないか?
そんな葛藤と今でも向き合ったりする。
麻雀がどんなゲームと捉えるかは人によって違うものだが
一人の雀荘メンバーとしては『年代を飛び越えた最高のコミュニケーションツール』だとする一方
一人の雀士としては『気持ちの我慢の連続をいかに耐えられるかを図るゲーム』と思っている。
いつも鳴かせないようにしたり、甘い牌を切らないようにしている時、潜水をしているような苦しさを感じる。
それを補うアガった時の喜びは始めた頃から少しも変わらない。
年々感じ方が変わるのもきっと麻雀の面白さなのだろう。そして離れる事は出来ないであろう。
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