ロン!32000点
ロン!32000点
彼のアミューズでのデビュー戦は国士無双を2回放銃するという
私の記憶にもないようなほろ苦いデビュー戦となった。
彼の名は鈴木。
実名で書かせてもらうのは彼への敬意と思ってもらえれば幸いだ。
アミューズへの初来店は2013年8月3日 約3年前である。
岩Dさんの紹介で遊びに来てもらい北海道への転勤からこちらへ戻ってきたばかりだとの話。
それならば是非常連様へとなってもらわねば!
そんな意気込みでお迎えしたが初日の戦績は
ラス ラス ラス 3着 ラス ラス ラス トップ 3着
この日役満を2回放銃・・・
これはもう来てくれないかもしれないな~(つд⊂)
しかし一週間後の8月10日 再度来店してくれた!
今日は頑張って欲しいな~
私はそんな気持ちで見届けていた・・・
この日の戦績は
ラス ラス 3着 ラス ラス ラス ラス ラス 2着 3着 ラス 3着
12半荘 トップ無し。
ラスが8回。。。。
もう無理~(つд⊂)
200%無理~(つд⊂)
しかし3日後来店。
そして彼は後に役満王と呼ばれ、アミューズ雀王杯
ただ一人2回連続決勝進出。
第1回 準優勝。
第2回 優勝したのである。
鈴木さんの麻雀を一言で言うなら『信』である。
私もたくさんの人と対局してきたが9割以上の人は『理』で打つ。
しかし彼は信じるという事を大切にする麻雀なのだ。
以前私に『僕はこういう麻雀しか打てないんですよ』
後ろで見ていた私にそう言ってきたことを思い出す。
さすがにそれはないでしょうって打牌選択は日常茶飯事w
私はそういう打ち手が1番苦手だ。
理で打つ人の頭の中は覗けても、信で打つ人の頭は覗けない。
私の麻雀戦術の中で最も大切にしているのは人の心理を読むということだ。
場況-打牌選択=心理それが私の導き出した方程式だが
彼にはそれが通用しない。
成績だけをみれば奮っていないのは事実だが、
なぜ彼が役満王と呼ばれるようになったのか?
そして雀王杯で2回連続決勝卓進出し優勝出来たのか?
麻雀のスタイルは様々だ。
常に皆が正しい選択をしていると思いながら麻雀を打つ。
軽い麻雀も、重い麻雀も一緒だ。
自分が正しいという思いの中で麻雀を打ち、
勝った時はやっぱり正しかった!
負けた時は運がなかった~
負けた理由を誰かの何かのせいにする事が多い。
本当は逆なのに・・・
目に見えない運というものに対して以前少し書いたが
彼はそれを理解しているような気がしてならない。
もしかしたら私よりもその運という目に見えないものに対して気を使っているかもしれない。
成績が技術や戦術なのは間違いない。
よって技術や戦術で言えば私の方が上回ってると自負しているが・・・
もっと大きなもの
『運』というものに関して言えばどうだろう?
負けてるとは言いたくはないが、成績のように上回っていると自信を持って言えないのは確かである。
それは誰よりも役満を成就させ、大会のような短期決戦でその存在感を保っているからだ。
偶然やたまたまでは無く、
彼は確かに持っている。
麻雀に愛される何かを。
麻雀に愛されるってなんだよ~?
そんな疑問をもつ人には分からなくて結構。
その方が助かる。
理で打ってくれた方がどれだけ助かるかw
私自身このコラムで麻雀の損得の話を何度も書いてはいるが
麻雀の本質はそこにはない事を知っている。
そして、それを決して押し付けてはいけないという事も学んだつもりだ。
相手はプログラムされたロボットでは無く、十人十色の人間だ。
いろいろな思考や、ゴールがあるから面白い。
しかしそこに成績を残したいという人に対してのコラムであって
麻雀=成績ではない。
私は彼の人間性が好きだ。
好きといより尊敬している。
役満を2回放銃しても楽しそうに振る舞い、
何があっても愚痴を飲み込む姿勢に。
今現在もこれからもそうであって欲しいと願っている。
彼の勝ち負けの基準は人では無く自分に向いている。
そこが多分、私と彼との大きな接点であろう。
イライラするような事が起きてしまった時に、自分の弱さを痛感する人であって欲しい。
私もそこを目指している。
そんな彼の3年間の振る舞いが今私にこれを書かせているのだ。
6月にアメリカに転勤になってしまう彼に私がすべき事は2つ。
何年後かに帰ってこれる場所を守っておくこと。
戻ってきたその日にもう1度彼から役満をアガれるよう腕を磨いておくこと。
あと何回同卓出来るか分かりませんが、本日より鈴木さんと同卓する時は
記録よりも記憶に残るような麻雀を心掛ける事を約束します。
麻雀パラドックス31局へ続く。
Author Profile
- 池袋駅から徒歩5分のフリー&セット雀荘







まずは今回、麻雀パラドックスの題材に私の下手くそな麻雀を題材にして頂いたことに、店長に感謝する気持ちでいっぱいです。私のような麻雀打ちを気にかけてくださってこと自体、恐縮しています…。この約3年間、アミューズでたくさんのことを勉強させて頂き、本当にいい時間を過ごさせて頂きました!どうか3年後、皆様と卓が囲めますように。
私が麻雀を語るなど、1億年も早いのは承知の上、自分の感想をコメントします。
皆様は、何を求めてアミューズに来て麻雀をされますか?フリーで勝ちたいからですか?セットで楽しみたいからでしょうか?どちらもアミューズの楽しみ方ですよね?アミューズは、そんな大人のオアシスですし、これからもそうあり続けて欲しいと思っています。
僕がアミューズに通い続けた理由、それは麻雀というゲームが他のどんなことよりも真の自分を写し出す「鏡」であること、そして素晴らしいお客さん&スタッフさんが常に自分の足りないところと、これから目指すべき方向性のヒントを与えてくれた、これに尽きると思っています(^_^)
人生にしても、社会にしても、職場にしても、うまくいかないことはたくさんあると思います。むしろ、うまくいくことは稀ですよね?麻雀もしかり、たらればを挙げればきりがありません。いくら自分が正着(そんなものがあるのか、私はわかりませんが)を選び続けても、勝ちつづけることは出来ないと僕は思っています。では、何を信じるか?店長も言及された通り、自分自身しかないと僕は思っています。ある意味、勝ち負けは僕の中では二の次です。
色々な困難や不具合が起こる麻雀の勝負において、その幾多の困難を乗り越えたとき、その先に勝ちがあるよりも、自分の信念を貫き通せたときの喜びはひとしおです。だからこそ、僕は自分の信じた牌を河に放ちます。時にそれは初心者以下の打牌です。それでも、自分の「あがりたいあがり」を追求します。(この辺が下手くそな所以と自分ではわかっていても)
役満王と呼ばれることは悪い気持ちはしませんが、やっぱり、役満に挑戦する気持ちは人一倍強いのかもしれません。その理由は前述の通り、「あがりたいあがりを目指したい」という気持ちから自然と生まれる感情です。そういう意味で、いい稽古をたくさんさせて頂きました。状況を受け入れる気持ちと、相手を認める気持ちの先に、明日を生きるヒントがあるような気がしてなりません。結局は自分がどう行動するか、そうすることでしか自分の未来は拓けないと信じて。上手くいかないことを人のせいにするのなら、たまたま降りかかった自分の幸運も人のせいにすべきなのですが、まあ、中々私も謙虚になれません…。
いつかまた皆様に揉んで頂ける日を夢見て、しばしのお別れです。3年間、ありがとうございました!もちろん、色んな場面で精進を続けてますよ!
アミューズと皆様のご多幸とご健勝をお祈りして。
徳山です。
パラドックスを通じて私が1番伝えたいことは
麻雀は自分との闘いであるということです。
誰かに負けたとか勝ったとかいうのは日替わりです。
今日勝っても明日は負ける。
それが麻雀というものです。
麻雀でも仕事でも自分と考えが違うとい事をどう捉えるかですよね。
自分のアイデンティティを誰かに否定されるという事は悲しい事です。
アイデンティティは多数決ではありません。
一人一人のものです。
そのことを私が理解するまでに何人もの人を傷つけたし、
自分のアイデンティティを押し付けまくりました。
今でもそれをなかなかぬぐい去れず苦労しております。
お互い勉強ですね♪
おつかれさまです。
以前ちょっと真似事のようなことをしたんですよ、開局親でW東を叩けたので1面子落としてホンイツに行きました、2900点で終わる公算が高いので親満狙いに。で、失敗、かなり後悔しました。
決まれば大きいが失敗すれば加点しないどころか大抵は失点するわけですよ、ここで後悔するようではあの打ち方は無理なわけですよ、心が保たない。
自分だと1000点で捌きに行って返り討ちに会っても、まあ仕方ないなとそんなに後悔はしないわけですよ、捌けそうな手なら。こういう感覚ってもう体に染み付いちゃってるので厄介なんですよね。
捌けそうでも行くべきじゃない局面もあるし、遠回りでも絶対満貫以上の手作りをしなきゃいけない時もあるわけですよ。
麻雀の強さって、ある程度システム化された筋肉みたいなものと局面局面での引き出しというか反射神経的なものとその両輪だと思うんですよ、野球の名監督とかは例えば同じ一死一三塁とかでも投手打者カウントとかによって何十と引き出しがあるとか何かで読みました。
自分の引き出しにしたくてよく後ろで見ちゃうんですが、疲れ増すよねw でも決まると惚れ惚れしますわな。