満貫テンパイだと言い訳するのは簡単だが、頭ではそれが間違ってると分かっている。
それでも打牌が脳が欲が選択の視野を狭めてしまう。
人に言えばしょうがないと言われ自分のメンタルをキープすることは出来ても
雀力を向上することは出来ない。
どちらを選択するかは自分次第だが、私はもっともっと強くなりたい。
正確に言えば麻雀をもっともっと知りたい。
立場上私に麻雀が下手だと言ってくれる人は少なくなった。
自分だけがそれを知る唯一の存在だ。
そこから目をそらせば右手に魂を込めてツモっても手から出ていく牌に笑われてしまう。
麻雀に挑戦している以上私は挑戦者なのである。
昨日こんな手牌があった。
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ドラ![]()
3900点のテンパイ
下家の親がタンヤオ仕掛けで![]()
が河にある。
ここに私はドラの
をツモってきた。
さすがにこの筋は打てないと当たり前のように満貫へ変化の打![]()
数巡後
を引き、満貫テンパイだと言い聞かせるように祈る気持ちでツモ切り。
親からロンの発声。
タンヤオ三色隠れ赤赤の12000へ放銃。
最近の麻雀を物語るかのような2連続飛びで席を立った。
ドラ引きの時に打
とし、とりあえずの中ぶくれからの手牌変化が頭から消えてるのか
思考を拒否してるのかは分からない。
もしかしたら思考の劣化かもしれない。
残り1枚の
よりも![]()
引きからの手牌変化を思い描けないとなると
いよいよ麻雀好きのただのオヤジになるのか・・・
自分の雀力のピークはどこかは誰も分からない。
ゲームのようにパラメーターが付いてるわけでもなく、勝ったり、負けたりの中で見極めるのは困難だ。
今は不調になるたびに自分の麻雀ピークが過ぎたのかと不安になる。
思考力は必ず衰える。
もしかしたら運量にもピークが存在するのかもしれない。
昔はよくツモれたのにと今の自分が昔の自分に劣っていると認めなくてはならない日がくるのだろうか?
野球選手のように誰かに実力を査定されるわけではないが、
自分への査定を自分でするのは本当に恐くてツライ。
昔を懐かしく思うにはまだまだ早い年齢だが全速力で走ったきた自負はある。
いつまで息がもつかは分からないが、ミスに気づかなくなったり、疑問を持たなくなったり
自分の下手さを認めなくなった時がおそらく自分の麻雀のピークが終わる頃だろうと思っている。
まだまだ、心の中にある向上心を支えに今日も麻雀に挑戦しよう。
麻雀パラドックス22局へ続く。
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- 池袋駅から徒歩5分のフリー&セット雀荘







けろっぷ様コメントありがとうございます(^O^)
7切りは悪くないと思うんですけど・・・
私自身好調だと感じる時は9切りを選択しているような気がします。
もしくは手替わりの選択肢が頭に入っての7切りだったなら、
5、6引きで失敗したと感じ9で迂回できたかと思います。
麻雀はツモってくる運の要素と、自分で選ぶ(技術)打牌のバランスが素晴らしい産物です。
麻雀は運ゲーだと自分を慰めてたこともありました。
今でもそう思ってる人も少なくはありません。
しかしながら運で負けるということほど悲しい事はありません。
なので私は間違っても運が悪かったという言葉は使わないようにしていて
今では技術で負けたと言う方が言い訳出来る気がしますww
これ、私なんぞだと9が残りゼロ枚でもつい7を切っちゃいそうですね、で、他の危険牌はもちろん5や6を引いても9の対子落とし、もしくは強打して放銃とw
将棋は一手違いは大差と言うらしく、麻雀も長い目で見れば絶対に丁寧(弱気ではない)に打った方が勝ち越すということが自分にもやっとわかりかけてきました。
麻雀はツイてなかったという言い訳がしやすい分難しいですね、色々と。
ネットとかあって全体のレベルが上がってるなとか思いますね、謙虚にならないといけませんね。
話は飛躍しますが、4面子+雀頭って有史以来の10大発明に入ると思うんですよ、誰が考えたのやら…