麻雀パラドックス19局
今日は番外編というか、戦術云々の話ではなく
飲み屋での会話レベルの話だと思って読んで頂きたいww
麻雀の何が面白いの?
そう聞かれれば私はこう答える。
『思い通りになることと、ならないことのバランスが絶妙なところ』
たくさんの困難を乗り越えゴール出来たかと思えば
ゴール間近でまさかの転倒なんてこともある。
天国と地獄へ気分屋の往復電車に乗車してる気分だ。
麻雀は囲碁や将棋のように実力差が分かりづらいと書いてはきたが何故か?
例えば明らかに牌効率もままならないプレイヤーと1対1で麻雀を12半荘打ったとしよう。
私は毎回半分の6勝以上する自信はあるが、そんなプレイヤー3人と私で4人麻雀を12半荘打っても
毎回3勝以上する自信は無い。
そこが麻雀の難しい所でもあり、面白いところなのだ。
最初に書いた『思い通りになることと、ならないことのバランスが絶妙なところ』
に繋がってくる。
ABC私の4人で麻雀を打つ。
Aさんの打牌が私に有利にも不利にも働く。
それがBさんには有利に働いたり、Cさんには不利に働いたりと様々だが、
自分ではどうにもならない出来事が多々起きる。
それが自分に有利に働くと嬉しいが、不利になるとイライラしたり、
喜怒哀楽のオンパレード。
正直言うとアミューズ池袋店のお客様はそれを飲み込んでくれるお客様ばかりで驚いている。
不条理さに耐え切れず投げやりになったり、威圧的になったり、
好調時にはリーチ1発ツモ裏3の解説付きなど色々な光景を上野店時代は良く見かけ
そういう人達の仕上げ役を担ってきたわけだがww
今はかなり純粋に麻雀を打てる事に感謝をしなければならない。
麻雀は勝てば実力、負ければツイてない。
では無く、
勝てばツイてる。負けは実力というくらいの気持ちで望むのが吉。
それは精神論では無く、イライラしないということがどれだけ大切なのかを説いている。
イライラは通常持ち合わせている雀力を確実に低下させます。
冷静な判断を鈍らせ、手牌構成など気にも止めず、
リーチや仕掛けにも安牌がないと押しまくる。
それが仮に最初に書いたAさんなら有利、不利がBさんCさん私にダイレクトに飛び込んでくる。
そういったもの全てを含めるから麻雀はなかなか思い通りにはいかないのだ。
しかし、それを受け入れなければ麻雀の醍醐味や楽しさは半減してしまう。
麻雀を知れば知るほど、受け入れ難い状況に出くわす。
と言うより気付くようになってしまう。
それが自分にマイナスに働いた時にどういうメンタルで麻雀を打つかが麻雀打ちの課題だ。
麻雀パラドックス20局へ続く
麻雀パラドックス20局 ゆかちゃんとAmuseのstory
この局は都合により削除させて頂いてたので
今回は今までのブログの中で閲覧数が1番多かった
ゆかちゃんとAmuseのstory
2015年9月24日のブログを再投稿したいと思います。
麻雀パラドックスよりも閲覧数が多いのは少し悔しいですねw
明日はゆかちゃんの誕生日なので私から彼女とアミューズの話を書きたいと思います。
池袋店がオープンした3年前の4月29日に彼女と出会った。
第一印象はとにかく笑顔が素敵で優しく笑える女性だな~と思い、
その頃はまだゴースタンダードでしたがウェイトレスで働いてくれないかと強くお願いをした。
彼女はかたくなにNO! とにかくNO! 絶対にNO!
なぜなら彼女は人が苦手なのである。
人見知り以上で、とにかく人とのコミュニケーションが一切苦手だったのである。
スタッフ間も含めてだ。
ただし!例外があった。
おじいちゃん、おばあちゃんは大好きなのであるww
それは彼女がそういう職業に就き、それが天職だと思っているからだ。
介護職という仕事。
私的には間違いなく接客業向きだと今でも思っているのだが・・・
そんな彼女をどうにか、こうにか半ば無理やりお店に連れてきて仕事をしてもらった。
もちろん本職があったので月に何度かのお手伝い程度だ。
彼女の仕事ぶりはとにかく真面目で一生懸命。
もちろんお客様への笑顔は絶やさず、お手伝いとはいえ真摯に仕事と向き合っていた。
私は非常に満足であったが、彼女の苦悩に中々気付けないでいた。
彼女の苦悩とはなにか?
接客業が苦手なのは彼女のプロ意識で乗りきる事ができたであろう。
が・・・
彼女の苦悩はそこでは無かった。
お店の戦力になっていないという自分の無力さにだ。
私は全く麻雀を知らない彼女に与えた仕事はドリンク係りとお客様のお見送りだ。
ただし、仕事はそれだけじゃなかった。
例えば卓のトラブルと言われれば他のスタッフを呼ぶ。
フリーがラストになればスタッフを呼ぶ。
代走って言われればスタッフを呼ぶ。
その他もろもろ・・・
彼女の仕事に対してのプライドを私は知らず知らず傷つけていたのである。
その後、上野店がフリーを営業を終了し、残りの半年をセット専門店にする際
彼女の環境にも変化が起きていた。
現在の職場を辞めるという話だ。
私は思い切って彼女にお願いしてみた。
残りの半年間、次の職場へ行く前に上野店のセット専門店を責任者として手伝って欲しいと。
全てを一人でやって欲しいと。
答えは・・・・
かたくなにNO! とにかくNO! 絶対にNO!!
では無く、無理だよ・・・出来ないよ・・・お客様に迷惑かけちゃうよだった。
私が彼女に教えたのは卓のトラブルだけであとは全て任せると言った。
その頃の上野店はお客様も激減し、店内も綺麗とは言えず、期待というより現状維持が私からの要望だった。
なんとか彼女を説得し上野店の責任者としての半年がスタートした。
週末の夜番はホッシーにお願いをして、それ以外は全て彼女が一人でやるのだ。
やると決めたら彼女は仕事のプロだった。
1週間も経たずに店内は雰囲気を変え綺麗に様変わりしていた。
毎日の出来事をノートに書き留め、細かいお客様の情報をチェックしていた。
すると奇妙な事が起きた。
3月からスタートしたセット専門店の売上が急に上がったのである。
4月、5月と私が見たことの無い売上が報告されてきた。
気づけばフリーとセット両方やっていた時よりも売上が良いのだ!
もちろん今までの上野店には複数の女性スタッフが毎日在籍していたし・・・
なぜだろう??
今なら分かる。
お客様が集まる場所をつくるには何が大切かを。
彼女はそれを毎日毎日毎日一人でやってきたのだ。
あの頃の彼女の平均睡眠時間はおそらく4時間前後だったと思う。
これ以上はダメだと言っても聞いてもらえなかったので無理やり帰したこともある。
無理やり休ませたこともある。
それは彼女の責任感だけではなく、お客様への感謝の気持ちと、お店への愛着が芽生えてきた証拠だ。
それからの上野店は最後のその瞬間まで変貌を果たすことが出来た。
アルティマの台数も少なく、決して綺麗とは言えない麻雀卓にも関わらず
連日たくさんのお客様が来店してくれた。
最終日の閉店間際、お店に行くとまだ何件かゲーム中で帰り際にお見送りに行くと
涙を流してくれたお客様もいて、ゆかちゃんとお客様の距離感を垣間見る事が出来た。
それは遠からず、近すぎず、互いに心地の良い距離感なのであろう。
彼女が全てのお客様を笑顔で送り出し、私がお疲れ様!の一言のあと・・・
今までに聞いたこともないような大きな声で彼女は泣き出したのである。
泣いて泣いて泣いて、私は慌ててオレンジジュースを持っていくことしか出来なかった。
彼女の涙は達成感と、寂しさと、そして何より安堵が溢れたものだったと思う。
これは毎日死に物狂いでお客様と向き合ってきた者だけが味わえる
極上の感情なのであろう。
私はありがとうしか言えないが、それと同時に何も出来なかった池袋店での彼女を思い出していた。
今はなんとたくましいことか。
洗牌も私より早い始末だww
池袋店で一緒に働いてくれないかという私の願いは届きそうもなかったが
そんな彼女を池袋店で働かせることが出来た事件が起こったのだ。
池袋店に上野店のお客様からたくさんの予約が入ってきたことだ。
正直ビックリした。
フリーのお客様ならまだしも、セット様が何件もわざわざ池袋店まで来てくれるなんて信じられない。
彼女は半分諦めたように、上野店のお客様が来てくれるならやるしかない!
そんな気持ちで麻雀を覚え初め現在に至る。
今では代走にも、本走にも入る。
何かが出来なくてスタッフを呼ぶなんてことはもうない。
あの時の悔しそうな、居づらそうな顔はもうない。
フリーのお客様も優しい人ばかりで彼女の失敗をあたたかく見守ってくれています。
池袋店のセット様もポニョ!なんて意味の分からない名で呼び始め
少しずつだが池袋店にも愛着が芽生えてきたのかもしれない。
そんな彼女が明日誕生日を迎えます。
彼女への感謝の気持ちを合わせ思いきり祝福したいと思います。
ゆかちゃん誕生日おめでとう!
PS
このブログから約5年の月日が流れた2020年の5月。
未だに上野店からのセットのお客様がたくさん来店してくれています。
そしてこの時書いたゆかちゃんと変わらぬ仕事振りを今も続けてくれている。
いや、
お店のため、お客様のためにと、私に意見をしっかりと言えるようになり、
あの頃よりもアミューズの事を心から考えてくれている。
もしかしたら私の店長という肩書を下せる日も近いかもしれない。
それは私にとって
とてもとても幸せなことだ。
麻雀パラドックス21局
満貫テンパイだと言い訳するのは簡単だが、頭ではそれが間違ってると分かっている。
それでも打牌が脳が欲が選択の視野を狭めてしまう。
人に言えばしょうがないと言われ自分のメンタルをキープすることは出来ても
雀力を向上することは出来ない。
どちらを選択するかは自分次第だが、私はもっともっと強くなりたい。
正確に言えば麻雀をもっともっと知りたい。
立場上私に麻雀が下手だと言ってくれる人は少なくなった。
自分だけがそれを知る唯一の存在だ。
そこから目をそらせば右手に魂を込めてツモっても手から出ていく牌に笑われてしまう。
麻雀に挑戦している以上私は常に挑戦者なのである。
昨日こんな手牌があった。
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ドラ![]()
3900点のテンパイ
下家の親がタンヤオ仕掛けで![]()
が河にある。
ここに私はドラの
をツモってきた。
さすがにこの筋は打てないと当たり前のように満貫へ変化の打![]()
数巡後
を引き、満貫テンパイだと言い聞かせるように祈る気持ちでツモ切り。
親からロンの発声。
タンヤオ三色隠れ赤赤の12000へ放銃。
最近の麻雀を物語るかのような2連続飛びで席を立った。
ドラ引きの時に打
とし、とりあえずの中ぶくれからの手牌変化が頭から消えてるのか
思考を拒否してるのかは分からない。
もしかしたら思考の劣化かもしれない。
残り1枚の
よりも![]()
引きからの手牌変化を思い描けないとなると
いよいよ麻雀好きのただのオヤジになるのか・・・
自分の雀力のピークはどこかは誰も分からない。
ゲームのようにパラメーターが付いてるわけでもなく、勝ったり、負けたりの中で見極めるのは困難だ。
今は不調になるたびに自分の麻雀ピークが過ぎたのかと不安になる。
思考力は必ず衰える。
もしかしたら運量にもピークが存在するのかもしれない。
昔はよくツモれたのにと今の自分が昔の自分に劣っていると認めなくてはならない日がくるのだろうか?
野球選手のように誰かに実力を査定されるわけではないが、
自分への査定を自分でするのは本当に恐くてツライ。
昔を懐かしく思うにはまだまだ早い年齢だが全速力で走ったきた自負はある。
いつまで息がもつかは分からないが、ミスに気づかなくなったり、疑問を持たなくなったり
自分の下手さを認めなくなった時がおそらく自分の麻雀のピークが終わる頃だろうと思っている。
まだまだ、心の中にある向上心を支えに今日も麻雀に挑戦しよう。
麻雀パラドックス22局へ続く。
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- 池袋駅から徒歩5分のフリー&セット雀荘







