麻雀パラドックス22局

常識とは何か?

非常識とは何か?

『常識とは仲良く生きる為のルールである』

私の好きな言葉の1つだ。

皮肉めいた言葉だが、

常識にとらわれていると新しい物は生まれないという風に私は解釈している。

 

こんな場況があった。

ラス前である。

親 27500点 2着目(リーチ棒1000点)

南家 8500点 ラス目

西家 私トップ目42000点

北家 21000点 3着目

親から11巡目にリーチが入り私はチートイの一向聴だが、まずオリを選択する可能性が高い。

そんな中、私の上家が流し満貫をしてるのか?と疑問を持った13巡目。

ラス親も残っているし点数的に放銃できない状況だからオリてるだけ?

まだ半信半疑だが、上家が14巡目~字牌の暗刻落としを始める。

下家もオリ模様の中、プレイヤー全員が流し満貫を意識した17巡目。

私がポン出来る白が上家から打たれた。

スルー

最後の打牌も白で流し満貫完了。

私は鳴ける牌出てこなかった~と一言添え2000点払った。

多分ほとんどのプレイヤーは白をポンするのが常識である。

しかし本当にそうだろうか?

もし白を鳴いて流局し、親の一人聴牌だった場合点数状況はこうなる。

ラス前1本場 供託1000点

親 30500点

南家 7500点

西家私 41000点

北家 20000点

 

流し満貫成立した場合

オーラス

親 ラス目 17500点

南家私トップ目 40000点

西家 3着目 19000点

北家 2着目 23500点

 

どちらを選択しますか?

私は間違いなく流し満貫成立を選択します。

これは私の新しい常識である。

『昨日驚いた出来事は今日はもう驚かない』

これが常識の始まりであると私は思っています。

古き良きものと誰もまだ見つけていない新しいもの。

麻雀にもそんな未来を探したいと日々奮闘したいものだ。

麻雀パラドックス23局へ続く。

 

麻雀パラドックス23局

最近お店での流行語大賞は何か?

そんな話の中で『パラドックス』が一言も出てこない・・・・・

それが一番のパラドックスであるw

 

麻雀で1番大切なものはなにか?

そう聞かれれば『押し引き』だと答える。

押し引きの基本は何か?

そう聞かれれば『場況と牌姿』だと答える。

場況と牌姿と一言で言っても数限りないケースがあるので

アクセルとブレーキを選択するのはあくまでも自分の経験である。

そしてアクセルとブレーキ判断の正解は結果からではなくフィードバックから導くことが経験値をプラスとさせる。

私は以前、結果とプロセスとどちらが大切か?そういう問に『結果』と答えた。

しかしそれは1半荘区切りではなく例えば100半荘、1000半荘、10000半荘の結果であり

プロセスが悪くてもトップを取ることは誰でも出来る。

しかしそれでは結果を出すことは難しいであろう。

大切なのは勝っても負けてもフィードバックなのである。

誰かの打牌で負けることもある。

逆に自分にプラスになることもある。

なのでそこは言い訳には出来ない。

理不尽な負け方をすることもある。

逆にその理不尽さが自分にプラスになることもある。

なのでそれも言い訳には出来ない。

 

考えなくてないけないのは自分の麻雀なのである。

自分が麻雀とどう向き合うかが大切であり、勝ち負けにこだわるならば

一番罵声を浴びせなければいけないのは自分自身になのである。

もう1度書くが 『勝ち負けにこだわるならば』である。

 

楽しい麻雀は素晴らしい。

麻雀を趣味だと考えられるのも素晴らしい。

私から見たらそんな風に麻雀を打てる事が羨ましい事もある。

麻雀に対しての姿勢は人それぞれだ。

雀風も人それぞれ。

運ゲーだと思う人がいても全然良い。

私の麻雀には全く問題ない。

勉強も自分がしてきたことは全て自分の糧になる。

30年前に英語なんて勉強してなんの意味がある!ここは日本だ!

そう言ってた私が今では英語の堪能な日本人に尊敬と嫉妬心さへ覚えることもある。

正確に言えば嫉妬心ではなく自分への後悔なのかもしれない。

今からでも遅くはないとスマホで英語アプリを覗くこともあるがww

 

何かを成し遂げるには必ずといって良い

『努力』を必要とする。

努力とは常に常に常に自分との闘いだ。

辛さや、苦しさを伴うのは当たり前である。

自分なりには~とか、やってるつもりとか、

成し遂げるにはそんな赤ちゃん言葉は無用である。

必要なものは『情熱』だ。

仕事でもスポーツでも、勉強でも麻雀でも全てはこの情熱があるかないかだ。

もし、本当に情熱があるならばきっと誰かが応援し、必ず良い方向へと導いてくれるはずだ。

その情熱が3年、5年、10年と永く続けばの話だが。

私自身それを信じ麻雀というものと、経営というものに情熱を注いでいる真っ只中だ。

麻雀パラドックス24局へ続く。

 

麻雀パラドックス24局

新年明けましておめでとうございます。

昨年中は私の押し付けがましい麻雀パラドックスをご拝読いただきありがとうございます。

何か1つでも皆様の麻雀力になっていれば幸いです。

今年も自分の麻雀論をずらずらと書き綴っていきたいと思っておりますので

引き続きのお付き合いをよろしくお願い致します。

 

昨日はお店終了後にも関わらず深夜3時までフリーのお客様と麻雀の強さにについて

語り明かした。

まぁ 麻雀バカがする話であるww

麻雀の強さとは何か?

長い間麻雀をやっていれば誰もが1度は必ず考えさせられるテーマだ。

例えば麻雀プロは勝った負けたの中で何を競っているのだろうか?

年にいくつもあるタイトルを一発屋芸人のように入れ替わるタイトルホルダー。

麻雀最強戦のように日本の麻雀バカが集まったプロアマ混合でアマが優勝した時に

プロ雀士はいったい何を思うのだろうか?

※ちなみにだが麻雀バカとは私の最上級の賛辞である。

 

麻雀の強さとは?

結果なのかプロセスなのか?

これも必ず向き合わなければいけない問題の1つである。

しかし、この問題を論じる前に一番大切なことがある。

麻雀というものに対しどこまで自分を捧げているかということだ。

世の中のプロと呼ばれる人たちの9割以上がプロの名に恥じぬよう

絶え間無い努力と、自分の時間の殆どを捧げているはずだ。

そこから出てくるプロセスと言う言葉に重みがあり、真実味があるのだ。

それらを行ってる麻雀プロ、麻雀アマが一体何割いるのだろうか?

みんなどこかでどんなに努力をしても結局麻雀は結果が出にくい。

そう思っているのではないだろうか?

自分の結果を誰かのせいにしてはいないだろうか?

努力や、研究をすっ飛ばして、結果とプロセスどちらが大切か?

その議論は成り立たない。

 

魅せる麻雀も良いだろう。

とにかくアガる麻雀も良いだろう。

どんな麻雀も麻雀は麻雀だ。

 

楽しく野球がやりたいならスイングやスローイングなんて気にしなくていい。

思いっきりバットを振り回して、思い切りボールを投げれば良いのだ。

ただ、甲子園や、プロ野球選手を目指すならばそういう訳にはいかない。

人の意見を聞き、自分に出来る以上の最高の努力をしなければいけないのだ。

それでもだ。

誰より努力をしても甲子園や、プロ野球に進めるのはそのうち何人であろうか?

試合で努力が報われることが必ずあるのか??

結果が出にくいといえば麻雀も野球も一緒ではなかろうか。

しかし彼らは絶え間ぬ努力をプロになる前から、そしてなった後も続けているに違いない。

 

そこが、それらが、麻雀とそれ以外の競技の決定的な違いなのではなかろうか?

 

偶発的要素が多々ある麻雀においてのプロセスとは手配構成や何を切るか?押し引き等々の前に、

『麻雀に取り組む姿勢』それこそがプロセスなのではないだろうか?

そのプロセスを続けることにより、手配構成や押し引き等々のスキルがupするのだと私は思う。

 

麻雀に没頭し、麻雀に情熱を吹き込み、麻雀を愛する気持ちがあれば

野球やその他の競技よりも結果が伴うはずである。

それでも結果が出ないのであれば、また1から研究し直せば良いだけの話だ。

麻雀にも囲碁や将棋と同じように、先人達が残してくれた戦術や、

現代の人が行ってる戦術がたくさんある。

それらをしっかり吟味し、自分に合った戦術を探せば良いのだ。

必ず結果はついてくると言い切れる。

 

麻雀の強さとは?

『結果を出すためのプロセスを追求すること』

私の前をいつも走ってる言葉だ。

 

麻雀パラドックス25局へ続く。

 

 

 

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アミューズ
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